私が音楽をしている理由と、そしてそれにより何を伝えたいのか。
最近それを問われる機会があった。
 
問われてからぐるぐると考えていたけど、
なんとなくひとつの答えが出た気がするので綴っておく。
何と言っても気紛れだからいつ気分が変わるかなんてわかんないからね。
その時その一瞬に思ったことは残しておかないと、ないことになってしまう。笑 
 
 

 
仙台にいたころ、ずーっと書いていたブログにしたためたことがある。
私の、音楽への向き合い方について。
そのブログはこのページを立ち上げてからさっぱりと消してしまったようなんだけど、
すごくすごく覚えてるので、もう一回書く。
 
 
 
結論から言うと、
私は誰かに何かを伝えようと思って音楽をしていない。
もちろん今、とてもとても揺らいだり悩んだりしながら音楽をしているので、
(ブログ見てる人は重々感じてると思うけど。笑)
向き合い方はこれからきっと変わってくると思う。

でも、少なくとも、今のところは、私は自分のために、音楽をしている。
自分がやりたいからやってる。
表現することが楽しいから、やってる。
 
 
今、かっこいいことを言おうとすればいくらだって言えると思う。

私の曲で誰か一人でも悩んでいる人のその心を救えたら。
前へ進むための後押しができるなら。
涙を流す手助けができるなら。

いくらでもいくらでも言える。
実際、私の発信している音楽がそういう風にとらえてもらえるのなら、
それはとっても嬉しい。すごくうれしい。
でも、それって私はそれを理由として音楽をやっているわけではない。
それが根底にあるから、よし、音楽をしよう、と思ったわけではない。

何より音楽が好きだから、音楽を始めた。それだけのこと。
ならそうして始めたものを他人に押し付けたりしたくはないし、
何か色々な外的な要因により、その根底を揺るがせるようなことはしたくない。
 
 
 
 
 
 
 
何よりも、
これだけ好きだと言っておいてなんだけれど、
私は正直に言うと、音楽を信用していない。
音楽において、精神論を語るのは美徳と思わない。

音楽に限ったことではないと思うけど、表現なんて、受け取り手によって如何様にも変化してしまうものだし、私がいくら想いを込めて作ったものでも、届く人には届くだろうけど、届かない人には届かないだろう。

実際、私が泣きそうになりながら歌ったものでも、
微塵も何も伝わらない人はいるし、
逆に、私が考え事をしながら上っ面だけ歌ったもので、
感動しました、って言う人だっている。
皮肉だけど。

  
自分のこころなんて、
音楽にのせたところでそうそう簡単に伝わるもんじゃないんだ。

 
 
 
 
でも私は音楽のそういうところが好き。
それは時には、色々な人の色々な想いが重なって、わたしの思ってもいなかったようなものに変化して、どんどこ愛しさが深まることにもなるから。

私の気持ちなんてむしろ、伝わらなくていい。
聞いた人がわたしの想いとは全然関係ない受け取りをしてたとしても、
結果としてそれが受け取り手にとってハッピーなものにつながればいい。
別に歌詞が伝わる必要もない。上っ面だけ聞いてたってかまわない。
 
わたしは自分の信念の理解者を増やしたいわけではない。
教祖になりたいわけじゃない。
 
 
 
私はこの曲を通してあなたたちにこういったことを伝えたいです!
なるほど伝わりましたステキー!
じゃ、そもそもそんなのつまらないとおもうの。笑

それならば私は、
それぞれ好きに感じて好きに想いを馳せたり馳せなかったりしてくれたらいい。
いいじゃん、って言う人がいたって、
よくないね、って言う人がいたって、それでいい。
(いやもちろん凹むこたぁ凹むけど)

それってすごい、私はわくわくして仕方ない。
面白くて仕方ない。
 
 
 
私はひとりで音楽を完結させたくはない。
 
 
 
 
 
 
ここまで考えて、一つ浮かんだこと。
わたしが自分の音楽でつたえたいもの。

それはきっと、”音楽”そのものの楽しさなのだと思う。
わたしが大好きな”音楽”を、みんなにも、
なんて素敵なんだろう!なんて楽しいんだろう!
って感じてもらいたいのだと思う。
単純だけど。
 
 
それは聴いてくれる人、だけでなく、

むしろ、
私と同じく音楽をやる人に伝えたい気持ちの方が大きいかもしれない。

一緒に音楽をやる人にもそうであってほしいし、
つらくつらく音楽をやっている人はもちろん、
音楽楽しいのなんか分かってるよ、って言う人にも、
 
 
もっと楽しいんだよ!
たぶんもっともっと楽しい音楽があるんだよ!
 
 
 
 
って、言い続けて行きたいのだと思う。

何故なら、それを言い続けることって、
私自身楽しい音楽を感じ続けていないとできないことでしょ。
 
 
わたしみたいに、趣味じゃなくなったら辛くなるからって、思ってる人たちに、

「そんなこと御座いませんけど。」
 
 
って言い続けられる音楽をしていきたい。
趣味じゃなくしたって楽しいことに、私自身今は半信半疑だから、挑戦してみたい。
 
 
 
たぶん、そういうこと。
一周まわって、やっぱり自分のために音楽をやっているということに落ち着いた。
 
やっぱりそれが私の答えなんだろうな。 
 
 
 
 
 
余談。
音楽においての精神論について思うところを挟んだのでこれも綴っておく。

人が、本当の本当に死ぬほどつらい時、朽ちてしまいそうなとき、
音楽が、人なんて救えるわけがないと私はずっと思っている。
だってそんなとき、正直音楽なんて耳に入らないでしょ。
音楽はよくもわるくも、娯楽の域を出ないと思う。
もしもそんなときにも心に届く音楽を作れたらそれはすげーなとは思うけど、
それが素晴らしいことだとは、そもそも全然思わない。

人を救うのは、音楽ではなく、人であるべき。
遠くから発信してあわよくば何人か救えたらなんてそんな人任せなことしたくない。
そんならわたしは直接その人の目の前に座って、抱きしめたいと思う。
その人の求めているものを聴きたいと思う。
 
 
そしてそれがもし音楽だとしたなら、
そのときは改めて、届けたいなと思う。

広告